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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)831号 決定 1982年2月25日

第八三一号事件抗告人 源田明一

右代理人弁護士 赤澤俊一

同 榎本峰夫

第八三五号事件抗告人 広田信男

主文

第八三一号及び第八三五号各事件について

原決定を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

昭和五六年(ラ)第八三一号事件について

本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す、との裁判を求める。」というのであり、その理由は別紙記載のとおりである。

よって、審案するに、一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  本件競売手続は、債権者(第八三五号事件抗告人)広田信男の昭和五五年六月一六日設定登記にかかる抵当権の実行として、同年八月一五日、本件競売物件(一)の宅地(以下「本件土地」という。)及び同物件(二)の建物(以下「本件建物」という。)について開始されたものである。

2  本件土地は、もと里見清次の所有であったところ、昭和五四年一二月二〇日平田和夫(債務者)が売買によりその所有権を取得し(同月二一日右取得登記を経由した。)、次いで、同五五年六月二一日新井章之が平田から譲渡担保権の設定を受けてその所有権取得登記を経由したものであるが、本件土地のうち、前面道路寄りの部分には、競売の対象外の木造スレート葺平家建居宅一棟(以下「本件居宅」という。)が里見が本件土地を所有していた当時から存在し、右居宅については、本件競売手続開始後である同五六年二月二四日に至ってはじめて益子博夫名義で所有権保存登記がなされた。

3  本件競売手続において、評価人小早川勲平は、昭和五五年一二月二〇日現地を見分して、本件居宅の存在を発見し、右は空家となっていたが、所有者は平田達夫であって、敷地の利用権は使用貸借による権利であると判断し、これを前提として競売物件を評価し、本件土地の評価額は金一七九三万九〇〇〇円、本件建物のそれは金六三三万九〇〇〇円、合計金二四二七万八〇〇〇円であるとする不動産評価書を原裁判所に提出した。

4  他方、原裁判所から競売物件につき賃貸借取調べの命を受けた執行官志倉重三は、昭和五五年一二月三〇日及び同五六年一月七日の両日、本件現場に赴いて賃貸借関係を調査しようとしたが、本件建物及び本件居宅とも無人でその調査をなし得なかったため、「賃貸借関係不明」との報告書を提出した。

5  しかるに、昭和五六年三月四日に至って、益子博夫から原裁判所に対して、「本件土地のうち公道寄りの部分一〇〇平方メートルについては、同三六年二月頃平田達夫が当時の所有者里見清次からこれを賃借(期間二〇年、全期間分の賃料金一四四万円を前払)し、同年四、五月頃右借地上に本件居宅を建築所有していたところ、同五一年四月一五日、益子博夫が右平田から本件居宅及び右借地権を代金一〇〇〇万円で買受け、本件居宅について前記所有権保存登記を経由した旨記載した上申書を提出した。

6  右上申に基づき、評価人小早川勲平は、本件居宅は益子博夫の所有にかかり、その敷地の利用権は賃借権であるとして本件競売物件を再評価(右賃借権の価額を更地価額の六割と評価)した結果、本件土地の評価額は金一二二四万七〇〇〇円、本件建物のそれは金五一九万四〇〇〇円、合計金一七四四万一〇〇〇円であるとする上申書を原裁判所に提出し、これに基づき、原裁判所は、本件競売物件の最低競売価額を金一七四四万一〇〇〇円と定めて、本件競売を実施し、大松興産株式会社が金一九〇〇万円でこれを競落し、右競落を許可する旨の原決定がなされた。

7  原裁判所は、本件競売及び競落期日の公告に、賃貸借関係として、賃借人益子博夫、部分 本件土地のうち道路側一〇〇平方メートル、契約、引渡の年月日昭五一・四・一五、昭五一・四・三〇、期限二〇年、借賃一ヶ月六〇〇〇円、支払方法 二〇年間分一四四万円、全額払込済、敷金等なし、と記載した。

8  抗告人源田は、本件土地及び建物につき、それぞれ極度額金二五〇〇万円の順位第三番の根抵当権を有し、同抗告人より先順位の抵当権としては、権利者を株式会社横浜銀行とする極度額金五〇〇万円の、権利者を春山鐘とする極度額金一五〇〇万円の各根抵当権が存在するのみである。

以上の事実に徴すれば、益子博夫が前記公告に記載されたとおりの賃借権を有するとはにわかに断定し難いし、仮に同人が右公告どおりの賃借権を有するとしても、右賃借権が本件抵当権に対して対抗力を具備したことを認めるに足る資料は全くない(同人において賃借地上に存する本件居宅につき所有権保存登記を経由したこと前記のとおりであるが、右は本件競売手続開始後になされたものである。)から、右賃借権をもって競落人に対抗し得ないことは明らかである。

しかるに、原裁判所は、前記評価人が本件居宅の敷地利用権が賃借権でありそれが競落人に対抗し得るとの前提のもとに、右賃借権の価額を更地価額の六割として評価した結果算出された額(同評価人の再評価額)と同額の金一七四四万一〇〇〇円を以て本件競売物件の最低競売価額と定めたのであるが、右賃借権は存在するとしても、競落人に対抗し得ないこと前記のとおりである以上、右最低競売価額は、競売物件をめぐる法律関係の誤認によって不当に低廉に定められた違法のものというべきである。そして、最低競売価額は、それ自体法定の売却条件の一つであるから、それが違法に定められているときは、独立して競落許可決定に対する不服申立事由になると解するのが相当である。

次に、本件公告の適否についてみるに、競売期日の公告に賃貸借関係の記載をする目的は、競落人に対し承継すべき賃貸借の存在及びその内容を知らせ、当該不動産の価値を推知させて、競買申出価額決定の一資料たらしめ、それによって競売の信用を維持することにあると解されるのであって、競落人に対抗し得ないことが明らかな賃貸借を対抗し得ないことを明示することなく公告に記載することは違法であるといわなければならない。けだし、前記公告の目的に照らせば、競落人に対抗し得ない賃貸借は公告に記載する必要はもともとないのであって、これを対抗力のないことを明示することなく公告に記載するときは、競買希望者は対抗力のある賃借権があるものと誤認し、記録を調査するまでもなく、競買申出を断念するおそれが多分に存し、かくては不当に廉価で競売がなされ、競売制度の趣旨に反するからである。

益子博夫の前記賃借権は、仮に存在するとしても対抗力を有しないものであるのに、本件公告は、その旨を明示しないで右賃貸借の存在及び内容を記載したこと前認定のとおりであるから、右公告は、民事執行法附則二条の規定による廃止前の競売法二九条一項、前記附則三条の規定による改正前の民事訴訟法六五八条三号に違反するものというべく、右公告に基づいてなされた原決定も違法たるを免れない。従って、原裁判所は適式な公告をしたうえ、再度競売に付すべきである。

昭和五六年(ラ)第八三五号事件について

本件抗告の趣旨は「原決定を取り消すとの裁判を求める。」というのであり、その理由については抗告状に追って提出する旨の記載があるけれども、現在までその提出がないので抗告理由を知ることができない。しかし、職権をもって案ずるに、本件競売及び競落期日の公告に瑕疵があり、右公告に基づいてなされた原決定が違法であることは前説示のとおりである。

結論

よって、前記廃止前の競売法三二条二項、改正前の民事訴訟法六七四条一、二項、六七二条四号により、原決定を取消し本件競落を許さないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 松岡登 野崎幸雄)

<以下省略>

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